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【アラベスク】  第16章 カカオ革命



第2節 手作りの魔力 [6]




 小さく唇を噛み締める。
 これをきっかけに聡と里奈が付き合えばいいななどと、自分は思っているのだろうか?
 瞳を閉じる。
 違う、そうじゃない。そんな卑怯な手を使って、聡の気持ちを追い払おうとしているワケじゃない。たとえ受け入れられない好意だったとしても、まさかそんな手を使ってまで。
 でも、二人が付き合っちゃえば、これで一人、(うざ)い存在が消えるよね?
 悪戯な妖精が囁く。咄嗟に何も答える事ができない。
 違うよ。
 ようやく否定し、携帯を握り締める。
 別にそんなつもりはない。
 じゃあどうして聡と里奈を会わせようとするの? どうして自分が会うって言わなかったの?
「それがダメなら、美鶴が会ってよ」
 聡の代わりに自分が会うという選択肢だってあったはずなのに。
 それは……
 頭が混乱しそうになる。溜息が出る。
 私はただ、里奈のために、いや、ツバサに頼まれたから仕方なく受けただけだ。
 無言のまま携帯を見つめる。
 ツバサ。
 小さく息を吐く。
 伝え損ねてしまった。
 そもそもツバサからの電話は、美鶴にとっては目を丸くするような内容だった。里奈が聡に会いたがっており、だが聡は嫌がっているからそれをどうにかしてやってくれないかなどといった頼み事。美鶴は最初は理解もできずに絶句した。あんまり驚いて、こちらの用件を伝え損ねてしまった。
 駅舎では聡や瑠駆真や蔦の視線があってなかなか口には出せないし。かと言って夜にわざわざ電話を掛けようにも、最近は霞流を追って繁華街の夜に出掛けていたから、掛けようと思った時にはいつも深夜近くになっていた。メールをしようとも思うのだが、いざ文字を打とうとすると、何から説明すればいいのかわからない。そのままずるずると、伝えないままでいる。
 ツバサが探している兄を、見つけてしまった。
 見つけてしまった、といった表現が最も適切だと思う。でなければ、遭遇してしまった、とでも言えばよいのだろうか。
 美鶴は、額に掌を当てて目を瞑った。そうして、ゆっくりと思い出した。





 深夜の繁華街、テレビで活躍するフラワーコーディネーターの猫の世話係りとして、涼木(すずき)魁流(かいる)は霞流慎二と美鶴の前に姿を現した。
 最初に気づいたのは霞流だった。
「涼木」
 彼の言葉に、相手も気づいた。
「霞流なのか」
 二人の会話が何を意味するのか、美鶴はしばらくはわからなかった。
「涼木、魁流」
 霞流の言葉に、記憶の奥底がピリッと痺れた。
 ツバサの、お兄さん。
 何も言えずに目を丸くする美鶴の横で、霞流が顎を引いた。
「こんなところで再会するとは思わなかった。しかも」
 魁流の傍で派手な香りをぷんぷんさせている女性へ一瞥をくれる。
「こんな形で、なんてね」
「君こそ」
 魁流は手馴れた仕草で猫をあやしながら瞳を細める。
「このような場所には縁のない人間だと思っていたけれど」
 頭のてっぺんから爪先までを一通り眺める。
「月日が経てば人も変わる、か」
「お互いにな」
「なぁに? 二人とも知り合い?」
 女性が無理矢理に割り込む。
「慎ちゃん、カイちゃんのコト、知ってるの?」
「えぇ、まぁね」
 適当にごまかし、肩を竦める。
「私の事よりも、お二人の関係の方に興味がありますね」
 ニヤリと口元を緩める霞流に、女性は大口を開けて笑った。
「あらやだぁ、カイちゃんはそんなんじゃないわよ」
 片手をヒラヒラと夜闇に振る。
「カイちゃんは馴染みのペットショップの子なの。この子の扱いがとっても上手だから、こういう遠方のお仕事の時には付き合ってもらったりするのよ」
 紹介され、涼木魁流は小さく会釈する。
「そうなのですか。私はてっきり新しいお友達なのかと」
「まぁね、こんなに綺麗な子なんだから、そうあって欲しいとも思うんだけれど」
 意味ありげな視線を背後に流す。
「この子、すっごくお堅い子なのよ。モテるのに全然女の子には興味も持たないし。ひょっとして、男の方に興味があったりして」
 甘ったるい声で腰をクネらせる女性に、涼木は苦笑した。
「からかわないでくださいよ。僕はそんなんじゃないって、知っているでしょう?」
「でもさぁ、あれだけモテるのに無関心だなんて、信じらんなぁい」
 鼻にかかるような声で身を摺り寄せられても、涼木は嫌な顔一つしない。ただ、だからといって話に乗るような素振りも見せず、飽く間で冷静に口元を緩める。
「ほら、そんな冗談を言っていると身体が冷えますよ。今夜は飲み明かすんじゃないんですか?」
「あ、そうだったっ」
 言われて女性はパンッと両手を叩く。
「そうよ、今日は飲むんだったわ。ねぇ慎ちゃん、付き合ってくれるわよね?」
「あなたのお誘いを断れる私とでもお思いですか?」
 (うやうや)しく腰を曲げる慎二に、女性は奇声をあげる。
「うーん、これだから慎ちゃんスキッ!」
 傍らの美鶴など完全無視で、飛びつくようにその腕に身を寄せる。
「ねぇ、今日こそは最後まで私よ。途中でユンミととんずらは嫌よ」
「わかっていますよ」
 その言葉にすっかり気を良くした女性は、慎二と涼木との関係など完全に忘れて振り返った。
「じゃあ、先にホテルに帰ってて」
「わかりました」
 涼木は頭を下げ、猫を抱きながら女性を見送る。腕に絡みつかれながら店への道を歩き始めた慎二は、肩越しにチラリと涼木を振り返った。だが、何も言わずに背を向けてしまった。そうして遠ざかって行く。
 一方、二人の姿をしばらく見つめていた涼木も、猫の背を撫でながらクルリと身を翻して歩き始めた。
 ど、どうするのよ?
 反対方向へ遠ざかって行く霞流慎二と涼木魁流。二人の姿を交互に見ながら、美鶴は動揺する頭で必死に考える。
 涼木魁流って、ツバサのお兄さんよね? ツバサが会いたがってたお兄さん。なんでそんな人がこんなところに?
 で、でも、私は霞流さんに自分の気持ちをわかってもらうためにここに来たんだ。なんでここでツバサのお兄さんの事を気にするワケ?







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